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広島災対連NEWS

2017年11月21日 (火)

九州北部豪雨災害支援活動(9月24日)

 

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自然の脅威はあまりにも大きく残酷

今日は、松末地区のI邸に入りました。午前中は床下にもぐって根太の上や側面に残っている土や砂をブラシ・へらを使って落とすという作業でした。1回目は、仰向けにはいったので、そのままの姿勢で作業をしましたが、2回目にうつ伏せで入ったら頭を上げても大丈夫だったので、座った状態で作業を進めることができました。小柄なことが役にたつ仕事でよかった!作業をしながら土砂は床の上だけでなく床下の奥の奥まで入り込むことを知りました。大きな家ということもありますが床上・床下・外回りと30人ぐらいのボランティアが頑張ってもまだまだ終わりません。1軒の家を住める状態にするだけでも多くの人手と時間が必要なのだと実感しました。午後は、床下の残りと外回りの雑巾がけをして、早目に終了しました。自然の脅威はあまりにも大きく残酷ですが、それに負けない私たちでありたいと思いました。               三宅 昌子

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九州北部豪雨災害支援活動(9月23日)

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 朝4時前に起き、5時間かけて被災地に到着。2カ月ぶりの九州北部災害の支援行動です。高速を降りると、福岡県朝倉市把木のど真ん中。大量の土砂は道路部分では撤去されていましたが、道路わきには数メートルの高さに土砂が積み上げられた情景に変化。現地はまだまだ大変な状況に見えました。広島市北部災害では、2か月後にはほとんど収束していたことを思うと、災害規模の大きさが分かりました。

 午前中の作業は杷木地区の墓所に流入した土砂の撤去。立派な墓所ですが、広島の墓地に比べると小規模。厚さ20センチ近くの泥を寄ってたかってスコップで剥ぎ取り、一輪車で運ぶ。肉体労働そのものでした。一族の墓地だと近所の方も含めて、多くの方が頑張っておられました。わずか7人の支援ですが、こういう時は人数です。みんなが頑張って、午前中の作業を終えることができました。 午後、作業が浮いて、手が空いたので、2カ月前に支援に入った松末地域に行きました。途中、「通行禁止」と表示もあった気がしましたが、とにかく前に進み、松末地域に。2カ月たっても地域は大変な状況。2カ月前に支援に入った家が完全に解体・撤去されていたのはショックでした。翌日、支援作業入ることになりました。さあ、二日目はガンバルゾ!        川后 和幸

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2017年8月17日 (木)

九州北部災害支援ボランティア②

 昨日初めてボランティアが入った地域だけに、土砂の入った家ばかり。家の入口の土砂をまずは運び出し、家の中の土砂に取りかかるも、水分を含んだ泥や泥水に悪戦苦闘。しかし、さすがチーム広島10。板と外れた扉とプラスチック容器を使って実に効率良く手押し車に泥を入れることに成功。
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和室や台所・廊下や洋室と、次々に床が見えてくる度に達成感。家主のIさんのホッとされた表情が忘れられない。 普通に住めるようになるには、まだまだ程遠く、床下の土砂も手付かずで、時間と体力が足りないことを悔しく思う。 銀行チーム(福岡ファイナンシャルグループ)や水俣社協、久留米高校野球部など今日1日200 人近いボランティアが被災された住民の方を元気づけたと聞き、帰り際に区長さんに「そんなに泥だらけになるまで作業してくれてありがとう」と声をかけられ、2日間の疲労が 2 日間の疲れが軽減した気がした。・・・

九州北部災害支援ボランティア①

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□7月22 日(土)福岡県朝倉市は、曇天。朝5時に広島市を出発したチーム広島10 は、9 時半に、朝倉市に到着。杷木インターを降りるころには、土砂に埋もれた家もチラホラ。すでに多くのボランテイアが活動しています。作業服を揃えた男たちに混じって、女子高生もたくさんいます。
私たちは、センターから10分の場所にで、家の中に入った土砂かき。すでにボランテイアが入っており、残り3 分の1 でしょうか?床下の泥は、被災2週間を過ぎてもぬかるみ状態。それをリレーで外に運びます。15 分やって、10分休憩ですが、つらい。私はカッパの上下を来
て、ライザップよろしく、サウナ状態。昼にはT シャツは一リットル近く、汗を含んでそうです.

2015年6月 9日 (火)

NEWS第19号

シンポ「現代の災害と防災・減災」

 6月7日(日)、シンポジウム「現代の災害と防災・減災」がありました。日本科学者会議と広島県災対連(災害被災者支援と災害対策改善を求める広島県連絡会)が共催した 6月7日(日)、シンポジウム「現代の災害と防災・減災」がありました。

 日本科学者会議と広島県災対連(災害被災者支援と災害対策改善を求める広島県連絡会)が共催したもので、85人が参加しました。もので、85人が参加しました。

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2015年5月16日 (土)

災対連NEWS 18号

砂防ダムたちのき者連絡会が結成

 2014年8月の広島市の土砂災害で砂防ダムの建設により立ち退きの対象となっている被災地の住民たちが5月8日、「広島市土石流災害砂防堰堤(砂防ダム)建設計画立ち退き対象者連絡会」(略称:砂防ダムたちのき者連絡会)を結成(佐東公民館)しました。

 連絡会では立ち退き後も住まいや交通の利便性などの面で災害前と同じ水準の暮らしが維持できるよう、5月下旬にも国に適切な補償を求める申し入れを行うことを決めました。

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2015年2月23日 (月)

NEWS 第17号

「被災者の声を聞け!」2・13国会行動に400人参加

 「被災者の声を聴け!」、2月13日、生活再建の支援、願発賠償の継続などを求める災害対策の国会総行動が東京で行われ、全国から400人が結集、広島から被災者4名を含む13名が参加しました。
 「被災者再建支援制度の抜本的拡充を求める」請願署名は全国から52万筆(広島1万6288筆)が国会に提出されました。
午前中に開かれた全国災対連第16回総会=被災4年の東日本大震災では、23万人余が未だに避難生活を余儀なくされ、災害復興住宅建設が遅々と進まないなか、膨大な関連死が生まれている実態が報告されました。広島県災対連からは、澤田カヨ子代表が広島の活動を報告し、全国の仲間とともに災害支援法の抜本改善に向けて取り組むと決意を語りました。

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2015年1月13日 (火)

NEWS第15号

2015年最初の生活再建拡充署名行動
 =寒空の中、被災地近くで125筆集まる!!=

 被災者生活再建支援制度の拡充を求める署名宣伝行動が1月10日(土)、広島市土砂災害の被災地近く、安佐南区緑井駅周辺で行われました。
 この行動は、災害被災者支援と災害対策改善を求める広島県連絡会(広島県連絡会)の呼びかけで、街頭宣伝は7回目となります。寒空の中でしたが、当日は13人が集まり、125筆の署名が集まりました。災対連事務局長の川后和幸さんが、「東日本大震災を含め、住宅再建は待った無しの課題。現在の最高額300万円を少なくとも500万円に。」と訴えると、「私の家も被害を受けた」という人など、続々署名をされていました。

 この署名は、全国100万、広島県内10万筆を目標に取り組まれており、2月13日の国会行動で提出します。(現在12,000筆超える)

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2014年12月 8日 (月)

NEWS第13号

原発事故、放射能汚染の凄まじさを実感し

 11月15・16日、福島県で開催された「災害対策全国交流集会inふくしま」・集会前日のオプショナル「原発被災の現地を見る」に、広島県災対連4名が参加してきました。 

 今回のふくしま現地視察は、事故後初めて、福島第一・第二原発のすぐそばを通る国道6号線の北上、立ち入り禁止区域近辺に立ち入る、かなりハードなものでした。マイクロバスに乗り込んだ視察団には放射線検知器が手渡され、6号線で原発に近づくにつれ、メーター数値がどんどん上がり、バスの中で20mμシーベルト越え。最深部の家々や路地はすべてバリケードで立ち入り禁止。ところがバリケード前に警備員が立って警備しているのです。被爆は大丈夫かと考えざるを得ませんでした。
 崩れた様子も見えない豪邸、新築家屋、原発マネーで整備された公共施設、きわめて立派な浪江庁舎、広々とした農用地。これらすべてが廃物にされる原発事故・放射能汚染の凄まじさを、現地視察で実感されます。

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2014年12月 2日 (火)

NEWS第12号

「災害対策金国交流集会2014inふくしま」が被災から3年8か月たった11月15・16の両日、福島市内で開かれ、19都道府県から209人が参加しました。広島災対連からは、川后和幸県労連議長、内野雄二生健会事務局長、居神友久民商県連事務局長、神部泰全教広島書記長が参加。
災害対策全国交流集会に先立つ11月14日、オプショナルとして「原発被災の現地を見る」企画がありました。福島第1、第2原発のある海岸沿を走る国道6号をマイクロバスに乗って見てきました。

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